AIを止めたほうがいい。でも、自分だけ止まるわけにはいかない――安全論と開発競争の矛盾
AI企業のトップから安全性への警告が相次ぐ一方、開発競争は止まりません。『危険を認識しているのに加速する』というAI産業の違和感を、最新報道と研究から考えます。
スマートグラスが日常の記録を便利にする一方、周囲の人は撮影に気づき、拒否し、公開を止められるのでしょうか。フランスの捜査、豪州の職場規制検討、ドイツの告発とメーカーの対策から考えます。
街で誰かとすれ違う。相手は普通のメガネをかけているように見えます。でも、そのフレームには小さなカメラがあるかもしれません。
撮っているのでしょうか。撮っていないのでしょうか。撮られる側には分かりにくい。仮に撮っていたとして、映像があとでどこへ行くのかも分かりません。
手をふさがず、目の前のものを自然に記録できる。スマートグラスの便利さはよく分かります。けれども、その便利さを手にするのは主として着用者です。すれ違った人には、自分の姿を記録されるかどうかを決める同じだけの力がありません。
ここに、今日の違和感があります。
Reutersは2026年9月18日、パリ検察当局が、スマートグラスで街頭の女性を同意なく撮影してネットに投稿する行為に関連し、性的嫌がらせの疑いで捜査を始めたと報じました。検察は問題になった機器のブランドを特定していません。
フランスのデータ保護当局CNILには、職場でのスマートグラスの利用を巡って苦情が寄せられ、使用禁止の可否について企業から相談も届いているといいます。
捜査の開始は有罪の確定ではありません。あらゆるスマートグラスが違法と認定されたわけでもありません。
ただ、誰かの姿を記録する機器が、周囲から撮影行為を認識されにくい形で日常に入り込む。その構造的な問題は、刑事責任の結論とは別に考えられます。
Reutersは9月17日、オーストラリア政府が、プライバシーと情報セキュリティへの懸念から、カメラ搭載スマートグラスの政府職場での使用禁止を検討していると報じました。「検討中」であり、政府職場の全域で禁止が施行されたという意味ではありません。
職場には同僚の顔だけでなく、顧客情報、患者情報、会議資料などがあります。着用者にとって業務上便利だからといって、映り込む全員が撮影に同意したことにはなりません。
8月12日には、ドイツのデジタル権利団体HateAidがMetaなどスマートグラスの販売に関わる企業を刑事告発したとReutersが報じました。同団体は、気づかれない撮影を可能にする通信機器の販売を禁じる法令への抵触を主張しています。当局は告発の受理を確認しましたが、これは違法性や刑事責任の確定ではありません。
国ごとの制度や手続きは違います。それでも、撮る人と撮られる人の間に情報と選択肢の差がある点は共通しています。
メーカー側も対策をしていないわけではありません。
Metaは2026年7月の公式説明で、同社のAIグラスには撮影中を示す白いLEDがあり、LEDを覆うなどの干渉を検知するとカメラを無効にする仕組みを説明しています。写真や動画を端末に取り込み、その後共有するかどうかは利用者が選ぶとしています。
重要な対策です。しかし、ランプが見えたとして、周囲の人がその意味を知っているでしょうか。気づいた瞬間に、撮影を止めてほしいと伝えられるでしょうか。公開されたあとで、本人は自分の姿を見つけ、削除を求められるでしょうか。
「撮影を知らせる仕組み」と「撮られる側が拒否できる仕組み」は、同じものではありません。
撮影したデータをあとから共有したりAIで解析したりできる場合、被写体にとって当初想定していなかった利用も生じ得ます。これは、特定の製品が常に映像を外部送信しているという主張ではなく、保存された記録の二次利用についての問いです。
撮る側にとっては思い出の記録でも、撮られる側には「知らないうちに他人のコンテンツになった」という経験かもしれません。
望まない姿が公開された人に、「自分で探して削除を頼んでください」「撮られたくなければその場を離れてください」と対処を任せるなら、便利さを享受する側ではなく、映り込む側へ負担を移すことになります。
もっとも、スマートグラスを一律に否定するつもりはありません。視覚支援やハンズフリーの記録、現場での情報提示など、装着型だからこその価値もあります。利用目的と場所によって必要なルールは変わるはずです。
ここからは私の考察です。
撮影を伴う機能には、周囲から分かる通知、撮影が許されない場所の明確化、保存・共有の制御が必要だと思います。職場や医療機関では、患者や顧客の情報を扱うことを前提に、持ち込みと利用のルールを具体的に決める必要があります。
製造企業には、通知が実際の生活場面で伝わるか、回避を防げるかを検証してほしい。利用者には「撮影できる」と「撮影・公開してよい」を区別してほしい。施設や行政には、拒否や救済の方法を分かりやすくしてほしい。
法律上の撮影の可否は、国、場所、目的、個別事情によって異なります。ここでいう「撮られない自由」は、あらゆる公共空間で絶対的な法的権利がすでに存在するという断定ではなく、技術の普及に合わせて守るべき利益を問い直す言葉です。
メガネをかけた人が見る世界は便利になる。では、メガネの向こうにいる人は、どうすれば「撮らないでください」と言えるのでしょうか。